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松山地方裁判所西条支部 昭和48年(ワ)151号 判決

原告

青木シズカ

被告

大豊町森林組合

ほか三名

主文

一  被告大豊町森林組合は原告に対し、金一一八四万八〇二〇円及びうち金一一三四万八〇二〇円に対する昭和四九年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告松村厚美、同松村潤一、同松村文代は原告に対し、それぞれ金三九四万九三四〇円及びうち金三七八万二六七三円に対する昭和四九年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

五  この判決第一、第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告大豊町森林組合(以下、被告組合という。)は原告に対し、金四六八三万円及びうち金四六三三万円に対する昭和四九年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告松村厚美、同松村潤一、同松村文代(以下、被告松村三名という。)は、原告に対し、それぞれ金一五六一万円及びうち金一五四四万三三三三円に対する昭和四九年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  右1、2につき仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

(一) 日時 昭和四七年九月二八日午後四時五五分ごろ

(二) 場所 愛媛県伊予三島市具定町四八六番地先国道一一号線上

(三) 加害車 貨物自動車

(四) 右運転者 承継前の被告亡松村佳景(以下、亡松村という。)

(五) 被害車 自動二輪車

(六) 右運転者 原告

(七) 事故の態様 加害車と被害車の衝突

2  事故の結果

(一) 右事故により、原告は、右大腿開放性骨折、右下肢挫創、右前腕及上唇部裂創などの傷害を負つた。

(二) 右受傷のため、原告は、右事故の日から昭和四八年一一月一四日までと昭和五〇年四月一二日から同年九月二一日までの二回にわたり県立伊予三島病院に入院し、右各退院後も昭和五三年三月末まで通院し、昭和五〇年二月九日一応症状は固定したが、後遺障害として、右下肢の膝関節がその用を廃し、かつ、右下肢が外側へ著しく湾曲し、更に移植用に皮膚を剥取つたため原告の身体に三か所の傷痕が残つた。右は、自賠法施行令別表(以下、後遺障害等級表という。)第八級七及び第七級一二に該当するので、同施行令二条一項二号八により結局第五級に相当する後遺障害である。

3  被告組合の責任

被告組合は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告が負傷により蒙つた損害を賠償する責任がある。

4  被告松村三名の責任

(一) 亡松村は、加害車を運転し、本件事故現場の国道南側の伊予三島森林組合事務所前広場から同国道北へ横断東方へ右折しようとして、右国道を西進中の原告の進路前面に突如進出して加害車右側部分を被害車に衝突させたものであるが、亡松村には、右方から進行してくる被害車を約三六メートル右方に認めたのであるから、同車を先に通過させるなどして安全を確認したうえ発進すべきであるのに、加害車が先に右折を完了できるものと速断して漫然発進して右折しようとした過失があり、民法七〇九条により原告の蒙つた全損害を賠償する責任がある。

(二) 被告松村三名は、亡松村が昭和五〇年一一月一七日死亡したので、その相続人として各三分の一宛亡松村の権利義務を承継した。

5  損害

(一) 治療費 金四六二万円

但し、昭和五三年三月末日までの総治療費で、国民健康保険分金三二三万七四二三円と自己負担分金一三八万七四六七円の合計金四六二万四八九〇円のうち金である。

(二) 入院雑費 金二八万円

但し、一日金五〇〇円、入院日数合計五七六日として計算した。

(三) 薦田歯科治療費 金一万六一六七円

(四) 長下肢装具代 金二万六七〇〇円

(五) 付添看護費 金九万六〇〇〇円

(六) 休業損害 金六〇一万円

原告は、夫と二人で豆腐及び水産練製品の製造販売業を営み、事故前年度半期に月平均金四四万六〇〇〇円の収入をあげていた。原告は、夫と共に昼夜にわたつて商売に精を出すと同時に、独りで家事全般を処理していた。従つて、原告の右収入に対する寄与率は五割と評価できる。

そこで、原告の収入を月金二二万三〇〇〇円として、入院期間合計一九か月は全休として金四二三万円、昭和五〇年二月九日までの通院約一六か月は半休として金一七八万円の総計金六〇一万円が原告の休業損害である。

(七) 後遺障害による逸失利益 金二七七二万円

前記症状固定時原告は四八歳に達したから、就労可能年数一九年とし、前記月収を年収に換算し、年利五パーセントの割合による中間利息を新ホフマン式により控除した第五級の逸失利益の現価である。

(八) 慰藉料 金七七〇万円

但し、入院中の慰藉料金一九〇万円、通院中の慰藉料金八〇万円、後遺障害による慰藉料金五〇〇万円の合計である。

(九) 弁護士費用 金五〇万円

6  よつて、原告は被告組合と亡松村に対して、連帯して、右損害のうち(三)ないし(五)を除くその余の損害合計金四六八三万円とこのうち弁護士費用を除いた金四六三三万円に対する訴状送達の翌日である昭和四九年一月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるが、亡松村は前記のとおり死亡し、被告松村三名が同人を各三分の一宛相続したので、被告松村三名に対しては被告組合と連帯してそれぞれ金一五六一万円とうち金一五四四万三三三三円に対する前同様の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が受傷し、入院通院したことは認めるが、症状固定日及び後遺障害等級は否認し、その余の事実は不知。症状固定日は昭和四九年二月九日であり、後遺障害等級は第一〇級(一〇号)である。

3  同3の事実は認める。

4  同4の(一)の事実は否認し、同4の(二)の事実は認める。

5  同5の(一)の事実は不知。治療費のうち、国民健康保険未求償分は、本件損害額の総計から除外すべきである。

同5の(二)の事実は否認する。一日金五〇〇円入院日数四一三日として金二〇万六五〇〇円が相当である。

同5の(三)ないし(五)の事実は認める。

同5の(六)の事実は否認する。原告の収入については、昭和四八年賃金センサス産業計企業規模計四五歳ないし四九歳女子労働者平均給与額年額金九八万六〇〇〇円と同程度の収入を得ていたものとすべきであり、休業期間は事故日から症状固定の昭和四九年二月九日までとすべきである。

同5の(七)の事実は否認する。原告の収入については、昭和四九年賃金センサス産業計企業規模計四五歳ないし四九歳の女子労働者平均給与額年額金一二八万二八〇〇円と同程度の収入を得ていたものとすべきであり、原告が女性であること、高齢になるほど女子労働者の平均給与額が減収となることを考慮して、その就労可能な期間は一〇年とするのが相当である。なお、労働能力喪失率は一〇級の二七パーセントとすべきである。

同5の(八)の主張は争う。通常の慰藉料は入院一三か月半、通院三か月であるので金一三〇万円が相当であり、後遺障害については金一〇一万円が相当である。

同(九)の主張は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

(一) 原告は、加害車の右折を少くとも三六メートル手前で確認できた筈であるのに、当時小雨が降り始めたこともあつて十分前方を注視せず、道路左側車線の中央付近を時速約四〇キロメートルで漫然進行し、加害車と衝突する寸前まで加害車の動静を注視することを怠つた。しかも、衝突する寸前に道路中央に出てきて直進してきたが、そのまま道路最左端を直進しておれば本件衝突は回避できたから、この点にも原告の過失がある。

(二) 右原告の過失は三割を下ることはないので、賠償額の算定にあたつては、原告の右過失も斟酌されるべきである。

2  弁済

被告らは次の合計金三三九万七六〇三円を支払つた。

(一) 治療費のうち、原告負担分のうち金七五万八七三六円と国民健康保険法による伊予三島市の代位取得損害賠償額金二〇〇万円の合計金二七五万八七三六円

(二) 薦田歯科治療費金一万六一六七円

(三) 長下肢装具代金二万六七〇〇円

(四) 付添看護費金九万六〇〇〇円

(五) 金五〇万円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)の事実は否認する。本件事故は、亡松村の直進妨害とみるべき無謀な運転によるもので、しかも交通頻繁な国道においてその間を縫つて急に横断しようとしたものであるから、過失は一方的に同人にあるというべく、原告には信頼の原則からみて相殺すべき過失はない。

同1の(二)の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の結果

成立に争いのない甲第二号証の一、二、第九号証によれば、原告は本件事故により右下腿開放性骨折、右下腿挫創、右前腕及上口唇部裂創、左切歯欠損の傷害を負つたことが認められ(なお、原告が負傷したことは当事者間に争いがない。)これに反する証拠はない。

成立に争いのない甲第二号証の三、第三号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一四号証、第一五号証の一ないし三、証人別府靖紀の証言とこれにより真正に成立したと認められる甲第一六号証、並びに原告本人尋問の結果によれば、

1  原告は、本件事故による受傷のため、愛媛県立三島病院に昭和四七年九月二八日から昭和四八年一一月一四日まで入院し、退院後も通院したが、昭和四九年二月九日、同病院医師訴外栗光弘により、右受傷による症状が固定し、右動揺膝関節、右下腿植皮瘢痕(最大縦径一三センチメートル、横径四センチメートル)の後遺障害を残す旨診断されたこと。

2  栗医師の右診断によれば、右動揺膝関節の後遺障害は、具体的には、右膝関節が外側側副靱帯及び十字靱帯の各断裂により内方へ一五度の動揺を来し、かつ、前後へいわゆる引き出し症状と言われる動揺を来しているもので、右膝関節の固定性は悪く、一キロメートル以上の歩行は不能で、階段の昇降に手摺が必要であり、座位は右下肢を伸ばして可能であるにすぎず、週に一回の割合で関節炎症状を惹起しており、関節可動域は正常範囲ではあるが、右膝関節の機能に著しい障害を残しており、右障害は身体障害者福祉法別表第四の第一(第五級)に該当するものであるとしていること

3  ところが、その後も右膝関節痛は著しく、原告は、右膝の前記諸症状の改善をはかるため、昭和五〇年四月一二日から同年九月二一日まで再度前記病院に入院し、前記栗医師のもとで断裂した外側側副靱帯を繋ぐ手術を受けたこと

4  しかし、右手術後も症状は変らず、右再退院直後の昭和五〇年九月二六日、前記栗医師により、右動揺膝関節のため、屋外歩行に際しては膝関節固定保持用装具の装着を要する旨、しかも右病名にて跛行もみられ、跛行と膝関節痛のため長距離歩行は困難である旨診断されたこと

5  その後、年月の経過とともに、右膝関節周囲の筋肉が疼痛のため次第に萎縮し、筋萎縮は右下肢全体に及ぶところとなり、昭和五四年六月二二日、前記病院の医師訴外別府靖紀により、右膝関節が高度の動揺性を来し、これに伴つて右下肢は筋肉萎縮強くその支持性を殆ど消失しているとして、身体障害者福祉法上の第四級に該当する障害である旨診断され、同医師によれば、原告は常に膝関節固定用装具を着けなければ歩行できない状況にあり、今後高齢化とともに、右膝関節の動揺性が更に強まり、右下肢筋の衰えも進むものと考えられること。

6  原告は、昭和五四年一二月に至つてもなお週に一回は前記病院に通院し、右膝関節痛を緩和させるため副腎皮質ホルモン剤の注入等を受けていること

7  なお、原告の右下肢は約一五度内反し、かつ、植皮瘢痕として、前記右下腿部の他に、右大腿部前面ほぼ中央部にも最大縦径一二センチメートル横径五センチメートルの傷痕があること。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によれば、原告の前記受傷は、昭和四九年二月九日、もはや治癒する見込みなく、外側側副靱帯断裂及び十字靱帯断裂による右動揺膝関節、右下腿瘢痕等の後遺障害を残すことが確定したけれども、当時、関節の機能に著しい障害を残す程度であつた右動揺膝関節の後遺障害は、これに随伴する強度の右膝関節痛のため、年月の経過とともに右下肢筋萎縮を来し、これと相俟つて、昭和五四年六月二二日には、常時膝関節固定用装具の装着を絶対に必要とする状況にまで悪化したものであり、このように下肢の動揺関節のため常時固定用装具の装着を絶対に必要とする場合には、自賠法所定の後遺障害等級認定に際しては、単に「関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当するというよりも、「関節の用を廃したもの」に該当するものと認めるのが相当である(なお、労災保険に関してではあるが、昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号障害等級認定基準においても同様の解釈がとられている。なお、栗医師により昭和四九年二月九日症状は固定した旨診断されたが、その後における右動揺膝関節の後遺障害の症状悪化に鑑みれば、右時点で、確かに治癒の見込はなくなり後遺障害の残存が確定したといえるけれども、後遺障害としても症状が固定したものとは認めがたいところであり、現実に、その後約一年半を経過した後に、同医師のもとで右障害部位について再度手術がなされている事実に照らしても、同医師の症状固定に関する前記診断は、直ちに採用しがたいところである。結局、前記右動揺膝関節の症状の変遷に鑑みれば、右膝の後遺障害は、昭和四九年二月九日後遺障害等級第一〇級一一所定の一関節の機能に著しい障害を残すものとしての症状を呈していたが、その後症状が悪化し、昭和五四年六月二二日には右等級第八級七所定の一関節の用を廃したものに該当するようになつたものと認められる。

また、前記右下腿の植皮瘢痕は、その部位、大きさ、醜状に鑑み、後遺障害等級第一四級五に該当することは明らかであるが、右下腿の湾曲及び右大腿部の植皮瘢痕は、前記別表の対象外の後遺障害であり、もとより、原告主張のごとく右下肢の湾曲及び全植皮瘢痕をもつて右等級第七級一二所定の「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」に該当するものとも到底言い難い。蓋し、右にいう「外貌」とは頭部、顔面部、頸部のごとく、上肢及び下肢以外の日常露出する部分をいうものと解されるからである。

三  被告組合の責任

請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。右事実によれば、被告組合は自賠法三条により原告が負傷により蒙つた損害を賠償する責任がある。

四  被告松村三名の責任

成立に争いのない甲第四号証、第五号証、第六号証、第七号証、第一〇号証、第一一号証によれば、請求原因4の(一)の事実が認められ、これに反する証拠はない。請求原因4の(二)の事実は、当事者間に争いがない。右事実によれば、亡松村は民法七〇九条により原告の蒙つた損害を賠償する義務があり、被告松村三名はその相続人として各自三分の一宛右義務を承継した。

五  過失相殺

成立に争いのない甲第七号証、第八号証及び証人岡林春友の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、被害車である前記自動二輪車を運転して時速約四〇キロメートルで道路左側路側帯付近を西進中、本件事故現場付近に差しかかり、前方左側(国道南側)の伊予三島森林組合から国道に発進しようと右折の合図をしながら停車中の加害車を前方約四〇メートルの地点に認めたが、当時国道は交通量が多く、加害車は被害車を先に通過させてくれるものと思い込み、加害車に対する注視を一瞬怠つたため、その直後に加害車が発進し始めたのに気付くのが遅れ、前方一〇メートル足らずに接近して始めてこれに気付き、直ちにブレーキを踏むとともにハンドルを右に切つたが及ばず、被害車の前部を加害車の右後輪に衝突させたものであることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。右事実によれば、原告は加害車を約四〇メートル手前で認めており、前記四で認定したとおり、亡松村は被害車が前方約三六メートルの地点に進行しているのを確認して発進を開始したのであるから、原告がそのまま加害車に対する注視を怠つていなかつたら、その頃加害車の発進に気付き、直ちに急停車の措置を講ずるなどして衝突は回避できたものといわざるをえないから、この点において原告にも前方注視を怠つた過失があるものと認められる。

なお、被告らは、原告が衝突寸前に道路中央に寄つてきたことをもつて、この点にも原告の過失がある旨主張するが、なるほど、前記甲第七号証によれば、加害車が停止した際、加害車の後端は道路端から約一・九メートル離れていたことが認められ、結果的には、原告が衝突寸前にハンドルを右に切ることなくそのまま進行しておれば、衝突を回避することができたと認められるけれども、原告が衝突を回避できなかつたのは、加害車の発進に気付くのが遅れたことにあり、右発進に気付いた際、ハンドルを右に切らないでそのまま進行すれば衝突を回避できると原告において予見できる状況にあつたと認めるに足る証拠はないから、右ハンドル操作をもつて原告の過失を認定するのは相当でない。蓋し、前記甲第一〇、第一一号証によれば、加害車は時速一二ないし一五キロメートルで進行し、衝突と同時に停止したことが認められるから、原告が加害車の発進に気付いてから衝突するまで約一〇メートル進む間、加害車も数メートル進行した筈であり、原告が加害車の発進に気付いた際の加害車の位置(それは、取りも直さず原告がハンドルを右に切つた際の加害車の位置である。)は、衝突時と同一ではないから、衝突時の位置関係から直ちに原告の前記過失を認定することはできないからである。かえつて、原告は、その本人尋問において、このまま進行すれば頭が衝突すると思つたから右へハンドルを切つた旨供述しているのであつて、原告が加害車の発進に気付いた当時、加害車の後部と道路端との間に既に被害車が通り抜けられる程度の間隔があいているなどハンドルを右に切るのが不適切と認められる状況があつたと認定できない以上、原告が衝突の危険を察知して咄嗟の判断でハンドルを右に切つたことをもつて原告の落度と捉えることはできない。

しかして、原告の右認定の過失と亡松村の前記認定の過失とを対比するとき、その過失割合は、原告三に対して亡松村のそれは七の割合であると認めるのが相当である。

六  損害

1  治療費

成立に争いのない甲第一二号証、第一七号証によれば、原告の本件事故による治療費は、昭和五三年三月末現在で総計四六二万四八九〇円であり、このうち七割相当の金三二三万七四二三円は国民健康保険法に基づき保険者である伊予三島市が保険給付として医療機関に支払つており、原告の自己負担分は残三割相当の金一三八万七四六七円であることが認められ、これに反する証拠はない。右事実によれば、原告は、右治療費全額相当の損害を蒙つたが、その七割は国民健康保険法に基づく保険給付により原告の損害が填補されたこととなり、結局、原告の自己負担分のみが原告の損害として残ることとなる。

2  入院雑費

前記認定のとおり、原告は、昭和四七年九月二八日から昭和四八年一一月一四日まで(四一三日間)と、昭和五〇年四月一二日から同年九月二一日まで(一六三日間)の二回にわたり、合計五七六日間入院したことが認められ、右期間の雑費としては、第一回目の入院期間中は一日金四〇〇円、第二回目の入院期間中は一日金五〇〇円をもつて算定するのが相当と認められるから、第一回目の入院雑費は金一六万五二〇〇円、第二回目の入院雑費は金八万一五〇〇円となり、原告は右合計金二四万六七〇〇円の損害を蒙つたこととなる。

3  薦田歯科治療費、長下肢装具代、付添看護費

請求原因5の(三)(四)(五)の事実は、当事者間に争いがない。右事実によれば、原告は、薦田歯科治療費として金一万六一六七円、長下肢装具代として金二万六七〇〇円、付添看護費として金九万六〇〇〇円の合計金一三万八八六七円の損害を蒙つた。

4  休業損害

前記認定のとおり、原告は、昭和四七年九月二八日から昭和四八年一一月一四日まで四一三日間入院していたので、その間休業したと言えるうえ、右退院後昭和四九年二月九日に前記後遺障害の残存が確定するまでの八七日間も、後記後遺障害による労働能力喪失率に鑑み相当程度の休業を余儀なくされたものと推測されるので、右期間につき総じて半休したものとする原告の主張は相当である。しかして、右後遺障害の残存確定後の休業については、後記後遺障害による逸失利益として算定するのが相当であるから、休業損害としては算定しない。

ところで、原告は、右休業損害算定の基準となる収入につき、月金二二万三〇〇〇円を下らない旨主張し、右月収算定の根拠として、家業である豆腐等製造販売業による収入が月平均金四四万六〇〇〇円あり、右収入に対する原告の寄与率が五割であるからだとするが、本件全証拠によるも、右事実を認めるに足りない。なるほど、証人青木保範は右主張に副う供述をし、右証人の証言により真正に成立したものと認められる甲第一八号証の一、二、第一九号証の一ないし五、第二〇号証の一ないし四、第二一号証の一ないし三には右供述に一部副う記載があり、また、証人石川菊平も右供述に一部副う供述をするが、証人青木保範の供述は前記家業による収入の算定根拠を具体的に計数を明らかにして供述しているものではなく、結局、家業の豆腐等製造販売業全体の収支に関し、右供述を裏付けるに足る資料がない以上、右供述は直ちに採用しがたい。

しかしながら、証人青木保範の証言(第一ないし第三回)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は夫とともに家業の豆腐等製造販売業に従事し、早朝からよく働き、また、家業の合間に主婦として家事にも従事していたこと、夫とともに家業に従事して得た収入は、夫の所得として税務申告をし、夫婦の生活費に充てており、従前原告の収入割合を算定したことは一度もなかつたこと、本件事故による原告の入院及び受傷のため、原告にかわり家業に従事する従業員を約二・五人補充し、その給料として、一日金一六〇〇円の割合により月平均二七日分の合計金一〇万八〇〇〇円程度が支払われたが、右従業員の補充によつても原告の分担していた家業を賄いきれず、原告の夫らがその不足分を補つていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。右事実によれば、原告は夫とともに従事していた家業に対して月金一〇万円を下らない程度の寄与をしていたものと認められ、これに主婦として家事にも従事していた事実をも併せ考えると、原告の収入としては、賃金センサスに基づく女子平均給与額全額に右家業に対する寄与分の半額を加算した額をもつて算定するのを相当と認める。

しかして、前記甲第八号証によれば、原告は大正一五年一一月一〇日生まれで、本件事故当時の年齢が四五歳であると認められるところ、昭和四七年度賃金センサス産業計企業規模計の年齢四五ないし四九歳の女子平均給与額は年額金七三万五二〇〇円であり、昭和四八年度の右平均給与額は年額金九八万六〇〇〇円、昭和四九年度の右平均給与額は年額金一二八万二八〇〇円であるから、右各金員に前記寄与分の半額である年額金六〇万円を加算すると、原告の収入は、昭和四七年度は年額金一三三万五二〇〇円、昭和四八年度は年額金一五八万六〇〇〇円、昭和四九年度は年額金一八八万二八〇〇円と算定される。

以上により原告の休業損害を算出すると、次のとおり金一九三万三六二二円(円未満切捨、以下同様とする。)となる。

133万5200円×95/366=34万6568円………………………(イ)

158万6000円×318/365=138万1775円………………………(ロ)

158万6000円×47/365×0.5=10万2112円…………………(ハ)

188万2800円×40/365×0.5=10万3167円…………………(ニ)

(イ)~(ニ)合計 193万3622円

5  後遺障害による逸失利益

前記認定のとおり、原告は、昭和四九年二月九日後遺障害の残存が確定したが、後遺障害のうち、右下腿の植皮瘢痕は、それ自体、原告が稼働するうえにおいて何らの影響を及ぼすものではないから、逸失利益算定にあたつて右障害を考慮する余地はない。しかして、残余の右動揺膝関節の後遺障害は、当初は後遺障害等級第一〇級に相当するものであつたが、昭和五四年六月二二日からは、右等級第八級に相当するものとなつたもので、右後遺障害の部位、程度、原告の稼働内容及び労働省労働基準局長通達による労働能力喪失率表を参考にし、かつ、前記認定の昭和五〇年度における一六三日間の入院による休業の事実をも考慮すれば、原告は、後遺障害の残存確定時から昭和五四年六月二二日まではその労働能力の三三パーセントを失なつたものと推定し、その後は同様に四五パーセントを失なつたものと推定するのが相当である。そうすると、前記のとおり原告は右後遺障害の残存が確定した当時四七歳であるから、前記労働の内容に照らし、六七歳に達するまで二〇年間就労することができたものと推定され、その間四七歳から五二歳までは三三パーセント、五三歳から六七歳に達するまでは四五パーセント労働能力を喪失したこととなり、なお、原告の収入は、昭和四九年度賃金センサス産業計企業規模計年齢計の女子平均給与額年額金一一二万四〇〇〇円に前記寄与分の半額である年額金六〇万円を加算した金一七二万四〇〇〇円をもつて基準とするのが相当である。

以上により、年五分の割合による中間利息を控除してホフマン式計算方法に基づき後遺障害による逸失利益を算出すると、次のとおり金九五〇万一三七七円となる。

172万4000円×0.33×5.133=292万0266円 (イ)

172万4000円×0.45×(13.616-5.133)=658万1111円(ロ)

(イ)(ロ)合計 950万1377円

6  慰藉料

前記認定のとおり、原告は本件事故による受傷のため四一三日間入院し、退院後も約三か月間(実日数二三日間)通院した後、後遺障害の残存することが確定したが、その後も後遺障害の症状改善のために再度一六三日間入院し、昭和五四年一二月に至るも通院を続けているもので、前記認定の後遺障害等級第八級及び第一四級に該当する後遺障害が残存していること、その他本件事故の態様、原告と亡松村の過失割合等一切の事情を斟酌すれば、原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては金三五〇万円をもつて相当と認める。

7  弁護士費用

原告が本件訴訟の遂行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、弁論の全趣旨によれば、その弁護士費用は原告において負担する旨約したことが認められるが、本件訴訟の難易、後記認容額等諸般の事情を考慮すると、右弁護士費用として原告の主張する金五〇万円は相当であり、これをもつて原告の損害と認める。

七  弁済

抗弁2の事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、被告らは合計金三三九万七六〇三円弁済したが、このうち伊予三島市に対して支払われた金二〇〇万円は、同市が治療費の七割につき保険給付をしたことに基づき原告に代位して取得した損害賠償請求権に対するものであり、前記のとおり同市の保険給付分は原告の損害から除外されているので、右金二〇〇万円は前記原告の損害に対する弁済とはならない(なお、右金二〇〇万円は、伊予三島市の被告らに対して有する金三二三万七四二三円の損害賠償請求権の七割にも充たないから、前記過失相殺を考慮しても、原告の自己負担分の治療費の支払に充当する余地はない。)。結局、前記認定の原告の損害に対する弁済分としては金一三九万七六〇三円のみである。

八  結論

以上の認定によれば、原告は本件事故により合計金一七二〇万八〇三三円の損害を蒙つたが、このうち慰藉料と弁護士費用を除いた残余の損害金一三二〇万八〇三三円につき前記過失相殺をしたうえ、前記弁済分を控除すると、原告は次のとおり金一一八四万八〇二〇円の損害賠償請求権を取得したこととなる。

1320万8033円×0.7+350万円+50万円-139万7603円=1184万8020円

よつて、原告の本訴請求は、被告らに対して連帯して金一一八四万八〇二〇円(但し、被告松村三名については各右金員の三分の一である金三九四万九三四〇円を限度とする。)とこのうち弁護士費用を除いた金一一三四万八〇二〇円(但し、被告松村三名については各金三七八万二六七三円を限度とする。)に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年一月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、理由があるから、これを認容するが、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩井正子)

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